今号の内容

医療とバーチャアルリアリティー

−コンピュータ外科による脳神経外科手術−

東京女子医科大学脳神経センター脳神経外科

伊関 洋

 Virtual reality(VR)のKey wordとして、tele-operation (tele-surgery)とtele-existenceの二つがあげられる。まず、医局に入局すると、先輩の医者よりピンセットの先端に自分の指先があるように感じなければ、手術はできないから外科医としてトレーニングをしろと言われる。これは、たかだか10cm先ではあるが、ピンセットの先端に自分の意思があるというtele-existence の世界である。tele-operationとは、遠隔操作(手術)ということである。これは、遠隔地のロボット(マニピュレータ)をマスター・スレーブでコントロールすることであるが、現在、手術をすることが可能なロボット(マニピュレータ)は、存在しない。また、仮にあったとしてもコストパーフォマンスからいっても引き合わないことは言うまでもない。我々は、tele-instruction ともいっているが、実際には手術時に術者の隣で手術指導したり、手術室で外回りをしながら手術の進行に応じて指導したり助言を与えている事に相当する。当然、いまはやりのインターラクティブ(双方向性)でもある。これらは、VRという概念が成立する前から外科医の世界に存在しているのである。

 臨床上、脳神経外科手術計画をたてる上で、手術部位と隣接する脳の機能局在の評価が極めて重要である。手術治療の原則は、できるだけ手術侵襲を減少させることであり、このためには手術計画(シミュレーション)や術中の手術操作部位の確認 (ナビゲーション)による低侵襲手術法 (minimally invasive surgery) が基本となる。VR 技術の脳神経外科への医療応用として、I.要素技術の確立・融合:3次元画像処理、立体表示装置、マニピュレータ、II.CT,MRI,SPECT/PET,超音波像、術野画像などの各種モダリティの統合画像処理による手術支援システムの確立:画像誘導定位脳手術による手術支援システム(ナビゲーションシステム)、III.ネットワーク接続およびマルチメディア導入:単カメラ立体ハイビジョン画像統合顕微鏡による手術支援システムの段階がある。現在は、ニューロナビゲーションまでの段階である。脳神経外科に限らず、VRを教育システムに応用する事により、短期間に手術トレーニングに有用な効果をあげることが望まれている。また、VR技術といえども単なる手術道具の一つである事は言うまでもない。これは、Simple is the best でなければならない。医療の現場では、簡単で迅速かつ正確に手術シミュレーションできるシステムが望まれている。この要望を実現するために、シミュレーションtool (HyperCAS & NIH Image) の一つの利用法と VR 技術の将来の発展・可能性について述べたい。

【手術支援ツール(HyperCAS / NIH Image)によるdry skullによる手術approach シミュレーション】

 従来、開頭術で手術 approach を検討するにあたって、dry skull を眺めながら手術経路の解剖学的構造の確認と手術用の成書と比較しながらsimulationを行っている。この代わりに、dry skull の data を基に手術支援ツール (HyperCAS / NIH Image) を用いて手術操作の通過部位を axial CT の断面像上へ投影する方法で手術 approach と頭蓋骨切削の simulation を行うことを考えている。CT の再構成画像で見るよりも、通常の axial slice に投影した方が術者にとって理解しやすいこともある。まず、subframe を用いて頭部を固定し、位置計測用マーカーと共にCTを撮影する。画像データを Machintosh でデータを取り扱えるように media を変換し Machintosh に転送して画像処理を行う。 HyperCAS により、仮想球の原点 (O) に対し、頭蓋骨の穿刺点 (P) を決定するために通過する目標点 (T) を仮の穿刺点 (P1) と指定すると、各CT 像上に通過する点がマークで表示される。この頭蓋骨を通過するマーク点を穿刺点(P) とする。この点をクリックすると三次元座標と角度 (Turn / Tilt / Tip) が表示される。この値を基に、開頭範囲を決定する。次に、直径を任意に設定できる円筒型のretractor 表示機能を使用し、同様の方法で病変に対し頭蓋骨上の任意の進入点から脳内の通過範囲を表示させる。原点 (O) と目標 (T) と穿刺点 (P) の関係を上記の様に指定すると、各 axial CT 像上で穿刺点 (P) から目標(T) に向かい通過する中心点と円筒の形状が表示される。円筒の形状は、目標(T)と穿刺点(P)との関係により種々の楕円形として各CT 像上に表示される。次に HyperCAS により、NIH Imageの任意断面の位置をコントロールする。目標点と頭蓋骨の手術経路の設定により、脳内を通過する手術操作の範囲が各 axial CT像上に表示される。また、NIH Image により頭蓋骨の任意断面を表示する事ができるため、開頭範囲や手術経路の解剖学的構造の把握が容易で、手術侵襲の少ない経路を選択しやすい。本システムでは、手術室でも画像を呼び出しdry skull を参照するよりも、簡単にかつ迅速に手術経路の目標を確認しながらながら手術を進めることができる。頭蓋骨の特徴的な点の位置座標を目印として、手術経路を推定する事ができるため、頭蓋底外科(Skull base surgery) に特に有用と考えられる。

 次に、ネットワーク接続およびマルチメディア導入の段階は、単カメラ立体ハイビジョン画像統合顕微鏡による手術支援システムの確立である。まずこの前提として、医療画像診断装置間のデータの標準化と公開が一番重要である。そのためIS&C(image save and carry)の普及が期待されている。また、MPEG2規格の導入など、デジィタル圧縮動画像の伝送技術の確立も待たれている。医療画像診断装置、グラフィックワークステーション、医療関係者個人端末などをネットワーク接続することにより、遠隔操作による手術医療画像の共有、シミュレーション環境の実現が可能となる。状況に応じて、複数の医療従事者(医師など)がネットワーク環境に同時に入り、手術シミュレーションや術中の状態を同時進行的に的確に把握しながら議論し、画面と音声を介してインタラクティブに手術計画や治療法の最適化を指導・助言していくことになる。従来のTVの約6倍の情報量を持つハイビジョン電子画像は光学画像に劣らず、2分割した横長画面を利用した立体視システムと、これにDSA,CT,MRIなどの原画像や3次元シミュレーション画像・医療情報を任意の場所にウィンドウを開き、重ね合わせることのできる手術用顕微鏡システムの開発がなされている。本システムの特徴は、1)電子映像をみながら手術を進めるので、手術画像に適宜必要な医療画像情報をウインドウを開いて画像を呼び出すことができ、効率的な手術操作ができる点である。術中に超音波や内視鏡をマクロ的(超音波端子の状態や内視鏡の先端の位置)にもミクロ的(超音波像や内視鏡像)にも顕微鏡像内に表示でき、現状を多元的に術者は管理できる。2)顕微鏡の光軸と術者の視軸が分離できるため、術者は患者の体位による姿勢の制約を受けず、最良の姿勢を保持して手術することになる。3)手術スタッフ(手術助手、看護婦、麻酔医など)が、現在進行している手術操作の内容を十分理解する事は、術者を適切に支援するのに最も必要な事である。本システムでは、手術スタッフが術者と同じ高品位のモニター映像を立体視することができる。また、術中に術者が必要な医療画像を参照した場合、それらの画像も手術スタッフと共有されるため、手術の内容を十分理解できるという利点もある。4)指導者の遠隔的指導・助言による術者に対する術中支援。5)高品位画像での手術記録は、データベース化することにより、ライブラリーとして整備され、典型的な症例に対する名医による手術手順の伝承や教育に利用されることとなる。本システムが確立されると、術者はナビゲーションシステムで、手術操作部位を常に把握し、超音波像にて術中の脳内の状況をモニタリングしながら、術前の画像データと比較しつつ、指導者とはインタラクティブにやり取りしながら手術を進めることになる。本システムは、東大工学部土肥研究室と研究開発中である。

【将来の発展・可能性】

 遠隔手術(Tele__surgery)用および微細操作用ナビゲーションシステムとしての利用が挙げられる。将来開発されるであろうマイクロマニピュレータなどのロボットと本システムを一緒に使用することにより遠隔手術やマイクロマシンによる微細操作手術が可能となる。これは海洋・宇宙などの極限環境で利用されるかもしれない。さらに、医療以外にも産業や科学技術研究などへの種々の応用が開ける可能性を持っている。 

【Acknowledgment】

 HyperCAS は、現工業技術院機械研究所研究員鎮西清行博士が作成した program であり、NIH Image との統合処理は東京大学工学部精密機械工学科土肥研究室大学院生増谷佳孝氏によるものである。全ては、土肥研究室 CAS foundation が version up を含めて管理している。


合同シンポジウムの内容が決まりましたのでお知らせします。

テーマ:外科領域における画像診断技術の進歩

司会:鳥脇純一郎(名古屋大・工)
   橋本 大定(東京警察病院・外)
 
1 画像診断技術の将来展望
	 飯沼 武(埼玉大・工)
2 外科領域への有効な画像の提供
	 西谷 弘(徳島大・放)
3 Virtual reality による手術支援
	 横井 茂樹(名古屋大・工)
4 三次元画像による手術支援
	 周藤 安造(東海大・工)
5 脳外科領域における応用技術
	 伊関 洋(東京女子医大・脳外)
6 脳外科手術支援装置(CANS NAVIGATOR)
	 加藤 天美(大阪大・脳外)
7 腹部外科領域における応用技術
	 鈴木 直樹(東京慈恵会医科大・ME研)


日本コンピュータ外科学会では、コンピュータ外科分野の活動の世界的な広がりという状況をふまえて、第1回コンピュータ外科国際シンポジウムを下記要項の通り開催いたします。期日は、第3回学会大会の翌日、会場も同一の、東京慈恵会医科大学高木会館です。シンポジウムでは世界各国からこの分野における先端的な研究者のの方々をお招きし、講演、討議をお願いする予定です。学会大会と併せて是非ご参加ください。

期日:1994年10月17日
時間:10:10〜
会場:東京慈恵会医科大学 高木会館
   (東京都港区西新橋3-25-8)
主催:日本コンピュータ外科学会
参加費:一般10000円 学生5000円
    第3回日本コンピュータ外科学会、第4回コンピュータ支援画像診断学会参加の場合、
    一般7000円、学生4000円

【講演者】(アルファベット順)

Takeyoshi Dohi (The University of Tokyo, Japan)
Daijo Hashimoto (Tokyo Metropolitan Police Hospital, Japan)
Esa Heikkinen (University of Oulu, Finland)
Ferenc A. Jolesz (Bringham and Women's Hospital, USA)
Alfreds D. Linney (University College London, UK)
Yukihiko Nose (Baylor College of Medicine, USA)
Pierre Rabischong (INSERM, France)
Richard A. Robb (Mayo Clinic, USA)
Naoki Suzuki (The Tokyo Jikei University, Japan)
Kintomo Takakura (Tokyo Women's medical College, Japan)
Kirby G. Vosburgh (GE Corporate Research and Development, USA)
Eiju Watanabe (Tokyo Metropolitan Police Hospital, Japan)

【問い合わせ、連絡先】

日本コンピュータ外科学会事務局
〒113 東京都文京区本郷7-3-1  
東京大学工学部精密機械工学科土肥研究室
日本コンピュータ外科学会担当 鈴木 真
TEL:03-3812-2111 内線7480 FAX:03-3812-8849
E-MAIL:suzuki@rieko.pe.u-tokyo.ac.jp


Journal of Computer Aided Surgery

 日本コンピュータ外科学会 英文紙 "Journal of Computer Aided Surgery" の第1号は8月中に発行するよう準備を進めています。また、第2号以降の投稿規定の詳細等は、別途御連絡する予定です。


投稿,お便りの募集

 CAS Newsletter では,皆様からの投稿やお知らせを募集しています。研究紹介や関連学会参加報告などの奮ってご応募下さい。

 また,皆様からの企画等もありましたらお知らせ頂けると幸いです。

CAS Newsletter  No.3
 
編集:  日本コンピュータ外科学会 広報部会
 
学会事務局: 〒113 東京都文京区本郷 7-3-1	
       東京大学工学部精密工学科
       医用精密工学研究室
  日本コンピュータ外科学会担当 鈴木 真
  e-mail:jscas@miki.pe.u-tokyo.ac.jp
  Tel: 03-3812-2111 内線 7480 
  Fax: 03-3812-8849